かぐらむら

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今月の特集人間の裸の五感を研ぎ澄ましてみると神楽坂のまちは、どんな風に感じられるのだろうか?

五感で歩く神楽坂 - 匂い編

闇の匂い

photo内田百けんの作品に「神楽坂の虎」という幻想的な掌編がある。深夜12時過ぎに坂上から坂下を歩いていると、薄暗い塀際に5、6匹の大きな虎がのそのそと歩いている。その内の1匹が百けんの後をつけてくる。

虎はなぜか赤いものが欲しいようだが、百けんはもっていない。恐怖に押し潰されそうなりながら隠れるように鮨屋に入ると、ついにその虎が飛びかかってきた。百けんはうろたえ、女中の持っていた大きな鮨桶(中は朱塗りだ)を虎にかぶせて、ねじ伏せてしまったという。恐怖と幻想が入り乱れた不思議な話だが、深夜に毘沙門様の境内の虎を見ると、私は必ずこの話を思いだす。ちび黒サンボの虎たちは、椰子の木の下でとけてバターになってしまったが、朱塗りの鮨桶の下で潰された百けんの虎は、何になったのだろう?

photo「神楽坂の虎」は、昭和34年の発表だが、あれから40余年。毘沙門様の周辺の、闇の匂いは変わったのだろうか。いまは、イタリアンやフレンチ、クレープ屋などバターの香りが漂う店が増えてはいるが。(長)