かぐらむら

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今月の特集神楽坂から隣り町への散歩

猫も歩けば、春風にあたる

江戸川橋の桜幻想と荷風生育地

Bルート(神楽坂から小日向へ)

photoその日、突然私は、永井荷風の生育地をめざして歩き出した。理由は、ない。あえていえば、越境願望だ。マスコミにちやほやされてのぼせている町内を脱出したかったのだ。越境といっても、区境である。新札が出て、樋口一葉ブームの文京区だが、私がめざしているのは、一葉からもはずれた所だ。(ルートの解説は、省く。マップを見ての通りである)ならば何を語るか。今はもう見えない幻想の風景だ。

春のポカポカ日和。まずは、木版画摺り師の工房、東京高橋工房に寄った。安政年間から続くという知る人ぞ知る工房だ。この春からは、長屋ギャラリーとでも形容したい魅力的なコーナーを併設した。「ギャラリー蒼(そう)」である。第一回目の催しは「さくら展」。ここで見る江戸名所の桜は、今はもう版画の中にしか見られない桜が多い。記憶の中の桜だ。室内の片隅には版木とルーペが置いてあった。ルーペの中を覗くとあまりに微細な彫りの世界が広がっていて、気が遠くなる。この技にこそ隣の巨大なトッパンビルを築きあげた印刷の原点があるのだろう。ビルと長屋の対比がおもしろい。ルーペの先は深い墨色であった。

高橋工房からふらふらと出て、路地を抜けると寺の並ぶ通りに出た。電柱に示された「小日向1-1」という町名がなんともまぶしい。漱石の菩提寺本法寺、蜀山人が住んだ旧金富町などを通る。荷風の育成地の看板は、意外な場所で見つかった。アメリカ、フランス、そして浅草と、どこにあっても荷風の原風景は、この辺りのゆるやかな起伏の土地だったという。家の裏には狐も出たというおだやかな里の空気が今もかすかに住宅地に漂っていた。
夕暮れが迫り、もと来た道を戻り石切橋たもとのうなぎ屋「はし本」に入る。ここで熱燗を待っている間に、年配の仲居さん(女主人かも?)から昔の江戸川橋の花見の話しを聞いた。それは、コンクリートの護岸も首都高もなかった昔、神楽坂の芸者さんが大挙して川辺で花見をした話。なんとも華やかな景色だったろうと想像をかきたてられた。ほどよい頃合に店を出ると、江戸川橋はすっかり暮れていた。(H)

イラストマップ上のポイントのお問い合わせ先
●アルテリア【TEL】03・3513・5405
●東京 高橋工房【TEL】03・3814・2801