かぐらむら

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今月の特集昔あったお店をたどって……

記憶の中の神楽坂

神楽坂4丁目〜5丁目辺り

photo 東京理科大学維持会館
伊勢籐の隣に東京理科大学維持会館の古い建物があった。この建物が消えてゆく2カ月前に絵を描いた。道行く人たちが着工のお知らせ看板を見ながら、「風情が変わっちゃうよ」などとつぶやいていたことが思い起される。

田原屋(洋食)
当時1階は高級フルーツ店。小学校の時に熱を出したら、親が冬にたか〜いスイカを買ってきてくれたのが、一番の思い出です。明治の文豪や歌舞伎俳優などが利用した2階は、昔の雰囲気が残っていていい感じでした。はじめて行った時は、夏目漱石などのサイン帳が食事しながら閲覧できて、感動してしまいました。ホン書き旅館の「和可菜」に宿泊した時は、田原屋のメニュウがでてきて、出前を頼むことができたんです。

堀田肉店(精肉)
肉屋さんの後は、神楽坂フードセンターで、次にパチンコ「おおとり」、そして今のゴードンになった。
西沢チョコレート(チョコレート製造販売)
大きな工場があったけど、昭和30年代に火事にあってなくなった。東五軒町には有名なレーマンチョコもあって神楽坂はチョコが多くて、甘いまちだった?

芳進堂本店(書店)
神楽坂通りの真ん真ん中に、昭和40年代のような小さな本屋さんが生き残っているのに感激してました。閉店間際に永六輔サイン会をやるって知ったときはびっくり。ホントにあんな小さなお店に永六輔が来てたのには、2度ビックリ。

松月(喫茶店)
汽車の車両を払い下げてきて、そのまま喫茶店にしていたユニークなお店。店内にいると旅の気分に浸れてムードがあった。評判の3人姉妹がいた。

SLEEPERS(古着屋)
今はギャラリー煌。地蔵坂を通って家に帰るとき、なーんかオシャレな地域に私は住んでいるなって思わせちゃうお店でした。中学生の娘に一度Tシャツを買ってあげました。古着にしては結構高かったかな。

サンエス(仕立て屋)
シャツやブラウスなどを専門に仕立ててくれたお店。

東莫会館(遊戯場)
昔、流行したスマートボールの経営後、つり堀になり、さらにレーシングカーの遊戯場だった。

かやの木(玩具店)
今のカラオケカーニバル。プラモデルなどのおもちゃを扱っていた。

万長(酒屋)
100年以上の歴史をもつ酒屋さん。お酒だけでなく、よくみそを買いにいったけど、その場で赤みそと白みそをまぜて秤売りしてくれてた。廃業になる時には、旧牛込城(光照寺)につながる秘密の抜け道があるという話でもちきりになった。

恵比寿亭(肉屋)
戦前は、牛鍋屋。戦後は肉屋さんだけど、割り箸にさしたアイスキャンデーも売っていた。ミルク味とオレンジの2種類があって、昭和30年代に確か1本5円だったかな。小学生の頃よく食べた。

photo 大和田(うなぎ)
廃業になる直前にこんな貼り紙がでた。「お客様各位 専門のうなぎ屋の時代は終わったと感じますので、初代より70年にわたるうなぎ屋をこれにて幕引きといたします。長らくごひいきいただきましたお客様に感謝いたしますとともに、ご多幸をお祈り申し上げます。大和田 店主敬白」専門店が生きていけないという問題は、日本の都市の共通の問題である。しかしそれ以前にこの貼り紙の誠実さに心を打たれた。

菊岡三味線店(三味線)
三味線の販売と修理をしていて、2階では、おかみさんが三味線の教室を開いていた。阿波踊りで手踊りのうまい息子さんがいたねえ。

名取(床屋)
昭和初期に山下漆器店の所にあった床屋さん。職人さんたちで野球のチームをもっていた。 美濃屋(足袋屋)
今のカギ屋と靴修理の「ドクターキッコ」の場所にあった。10年ぐらい前まであった足袋の小売り店。お店に入るとすぐ畳の間で、生地を裁っていた。奥の間では、ミシンが回っていました。場所柄、芸者さんのお客さんも多かった。足幅の広いしっかりした足には「ふくすけ」、足幅のせまい、華奢な足にあうといえば「みのや」の足袋っていうのが常だったみたいです。

伊勢屋(乾物屋)
かつお節がちびてきて、家の削り器では無理かなとなった時、ちびたのを伊勢屋さんに持っていくと、こころよく削ってくれました。威厳のあるご主人と人の良い奥さんがいらしたお店でした。

photo 紅屋(洋菓子屋)
戦中まで5丁目のゲームセンターの所にあった。本店は小石川のほう。神楽坂店は広く、2階では坂口安吾や小林秀雄など文学者がドストエフスキーの読書会開いたりしたらしい。店の若旦那は元「セネターズ」というプロ野球団の選手。引退したあと、紅屋チームを率いて、対抗戦をやっていた。

植木金網店(金網屋)
今では珍しく金網だけを扱っていた。鳥かごなどを作るあの金網のお店。

三幸(駄菓子屋)
昭和30年代によく通った駄菓子屋。クジとかもなつかしい。

須原(床屋)
勝新太郎さんも来ていた床屋さん。超高層マンションの地上げで引っ越してしまった。

川鉄(食堂)
岩戸町のここの親子丼はおいしかった。

Floor!(カフェ)
古い住宅をそのまま生かしたカフェだった。階段を上がると、小学校の机や、古く使い込まれたさまざまなカタチの椅子があって、観ているだけで楽しめました。窓際に座ると、大きな窓から路地がよく見えて。絵本や雑誌がたくさん並び、そのセレクトにもこだわりが感じられました。菊花茶を飲みながら、ああ、会社に帰りたくないねえ、って話してましたね。今は吉祥寺店のみに。

ギャラリー無生(ギャラリー)
築50年の古い2階建ての民家を活かしたギャラリー&カフェ。袋町に来る前は、椿屋さんのビルの2階にあった。ここはあったかくて、ほっこりして、ゴロ寝して本を読みながらお茶したい気分になる空間でした。店内で販売されていたアジア各国の布が持つ風合いの影響だったのかな? 店員さんが丁寧に入れてくださるチャイ、とてもおいしかったです。

【凡例】廃業、または移転になった年代
赤−2000年から現在
茶−戦後
緑−戦前