かぐらむら

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今月の特集昔あったお店をたどって……

記憶の中の神楽坂

神楽坂6丁目・横寺町・矢来町

photo 成田文具店(文房具)
成田文具店のおばちゃんとはいくつかの思い出がある。その一、二人で仲良く筑土八幡のスケッチをしたこと。その二、神楽坂建築塾の修了証書を書いてもらったこと。彼女は書道の先生だったんですよね。その三、店を閉める時、僕は残念だなと思って、「店、無くなっちゃうなんて寂しいよ」って言ったら、「何言ってんのよ、センセイ。失うものより得るものの方が大きいのよ」って笑顔で答えてくれたことが忘れられない。

みその(小料理・仕出し屋)
おいしい和風の懐石弁当の仕出しもやっていた。いまでいうとデリバリーだけど、ちょっと洒落ていて、高級感があって…。「出前」特有の雰囲気があったわね。

もきち(居酒屋)
東北のお酒が充実していて、どれもうまかった! 近所の峰竜太さんも時々来ていてお顔を見かけた。今は「もきち」の看板だけが、神楽小路の「モー吉」横たわっている。斉藤茂吉と牛くんと、どちらも山形県の関係ですね。

公衆食堂(食堂)
昭和初期、お閻魔さんの隣り(割烹「とよ田」さんのところ)に東京府が経営していた珍しい公衆食堂があった。トースト1枚8銭、カレーライス15銭だった。

飯塚酒店(酒屋)
自家製のどぶろくが有名で、1回並んでもう1度並んで…という人で、すごい列ができていた。有名な文士もこれを目当てに並んでいたという。気さくなおばあちゃんは、損得考えずにツケで分けてあげていた。戦後は厚ぼったいテーブルで立ち飲みできるようになった。

カツムラ(軽食)
お閻魔さまの縁日のある時にはすごい人込みで、途中のカツムラは、夏はあずきアイス、冬は今川焼が名物だった。

かぐら(居酒屋)
同じ所にあった居酒屋「正一合」のあとにできたお店。名物のまぐろの中落ちは、毎日築地の仲買からハマグリの貝でこそぎ落として集めた新鮮なものを店に出していた。

等々力(煎餅屋)
今の新内横丁にあって、店頭ではいつもガチャガチャと煎餅を焼いていた。

ブックスミヤ(書店)
小さな構えの割に、その一画には妙に堅い本が並んでいた。藤原書店の本とか、『虚数の情緒』とか。なぜだろう?とても気になる本屋さんだったのに。

人形処ほおずきや(骨董人形)
江戸時代から明治、大正、昭和と古い雛人形や五月人形の無数とのつぶらな瞳に見つめられると怖いくらいでした。空調が効いていて、時間が止まっていました。

ひまわり(喫茶)
矢来能楽堂に入る路地の入り口にあった喫茶店。確か7、8年前まであった。鼓のお稽古の後に、鼓の手を一生懸命店内で暗誦した日々がついこないだのよう。

【凡例】廃業、または移転になった年代
赤−2000年から現在
茶−戦後
緑−戦前