かぐらむら

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今月の特集10年後の未来図を視てみたら……

平成30年の神楽坂[後編]

遊芸立志之巻 神楽坂篇

志村 剛[男子装いプランナー]

photo 空から神楽坂を俯瞰してみると地政学的に周りを囲まれてしまったなあと思う。池袋―新宿―渋谷と枢軸ラインが出来上がり、丸の内は銀座を後ろ盾に超高級ブランド街を誇り始め、秋葉原はつくば新線を押さえて先端情報オタクを取り込み中である。何だか閉じこめらられているようで心許なくなる。
 と云って居竦まってばかりはいられない。神楽坂の売りは何だ。昔からここは下町の山の手。露地と座敷と遊芸の里であった。これを深く掘り下げていけば、野暮な周りは足許にも及びつかない。さあどうだ、ということになる。『かぐらむら』には毎号様々な催しが目白押しである。この様々を結び合わせて遊芸戦力として網目を張り、根を張らせて発信したらどうだろうか。
 明暦の振袖火事をきっかけに遊芸の里が新吉原として囲い込まれ、お隣りの猿若町に芝居小屋三座がまとめられるや、ここから江戸の町、お城の大奥はおろか日本中から遊芸風流文化の発信地として憧れの町となった。男は助六、女は揚巻だ。お手本は足の元、身近にあった。これを現代の神楽坂らしく仕切り直したらどうだ。
 この町に男衆は粋な角帯に雪駄ばき、夕方ともなれば女衆が前掛け姿に襷掛けでかいがいしく打水に。日暮れとともに磨き上げたお姐さん方が美々しく練り歩いてお座敷へ。オープンスペースの緋もうせんの縁台に遠来のお客様が一休み。絵になる風景だ。おみやげに一芸・二芸チョイと身に付けてお帰りいただく。見渡せば花も紅葉も山盛り、遊芸煙管(キセル)の雨が降るようだ。
 一刻の繁栄より、千年の永持ちこそねがうところ、謀り事を囲らして勝ちを千里の外に決する。そういえば、十年の昔、あの通りにシャッター家並みがあったとか、なかったとか、夢のような話だなあ、平成三十年正月の目覚め。