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今月の特集神楽坂での記憶と記録

シウォルサランバン−神楽坂のお客さん−

私の神楽坂とまちづくり

山下 修(神楽坂まちづくりの会代表、山下漆器店主)

photo今年10回目を数え、秋に2週間の開期に約100の企画を束ねる一大イベント「神楽坂まち飛びフェスタ」のプログラムの趣旨では次のようにうたっている。
紅葉や漱石が逍遥した時代から、昭和の夜店の歩けないほどの賑わいまで、神楽坂は魅力あふれる文化発信のまちとしての役割を果たしてきました。坂と路地のヒューマンスケールな空間を舞台に、伝統的なものからモダンなものまでが幅広く交差して賑わっていたのが、神楽坂の良き時代であったのではないでしょうか?
その姿は、決して過去のものではなく、実はいまも健在であり、古典芸能の深い文化層から、もっと現代的でパワフルな文化層まで、掘り起こしてみれば、独自のバランス感覚で分布しているのが神楽坂の姿です。

まち飛びフェスタは、そんな神楽坂らしさを継承し、伝統とモダンが一年に一度大きく交差してエネルギーを発信する手づくりのまちの文化祭です。
プログラムがうたうように、そのジャンルは様々な分野のイベントで構成されている。伝統芸能からモダンダンス、花柳界の遊びの世界の紹介からまちづくりフォーラムの開催といったアカデミックな催しまで実にバラエティに富んでいる。このことは神楽坂というまちの長い歴史と伝統の上に、多様な文化を受け入れてきた現われでもある。そしてそこには江戸から続く「粋」の文化が引き継がれている。
私はこの多様性こそが神楽坂の粋の文化の源ではないかと思う。

「粋なまち神楽坂」を目標に掲げ、まちづくりを進める住民は、粋とは何かを常に問うている。粋とはこう在るべきものといったものに向かっていくものではなく、神楽坂に関わる各々が、自らを自らの「粋」を価値判断に行動し、生活していくこと。そこには他の存在を尊重し、他との関わりを意識しながら自己主張をしていく。他の多様な価値を認め合う大人の関係が不可欠になる。この自己と他との粋な関わり方が、神楽坂を粋なまちへと向かわせる力となる。自己主張だけを無理強いする生き方は野暮というもの。「野暮はやめましょう」これが神楽坂らしさというものだ。この心意気を神楽坂が失ってしまったら、神楽坂は粋な神楽坂ではなくなってしまう。
(写真:シアター・イワトの会場風景)