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今月の特集神楽坂での記憶と記録

シウォルサランバン−神楽坂のお客さん−

雨にけむる神楽坂

仁科翔子(早稲田大学学生)

photo雫に弾かれた赤城坂には、幾筋かの小川が早瀬になって流れていきます。
草木の生い茂る石塀の小道も、トンボロの勝手口に所せましと置かれた草花も、この雨にはぼんやりと緑をけむらせて……

思えばこの街に暮らしはじめて一年とちょっとになりました。
朝は未明。木戸をくぐり、まだ夜気をまとった坂を上りきると、薄紅を孕んだ街におりて、目覚め始めた通りの一角に吸い込まれていきます。
パチパチ、パチパチとパンの焼ける音、焼ける音。シャッターの上がる音、上がる音。新しい一日の始まり。ガラス越しにはいつも通る散歩の子犬、お母さんに手を引かれていく子供、お勤めの人。日曜には俄然通りは賑やかになります。そんな明るい休日には、一仕事を終えると表の通りから緑の合間に看板が覗く小路にもぐって、新内横町の木塀を過ぎ、ゴールデンレトリバーが昼寝をしている小さな映画館の前を通って象の公園へ。そこは坂の途中にぽっかり空いたような不思議な空間。象の鼻の下の小蔭に、ベンチに、猫達が自由気ままにくつろいでいます。私もひとしきりその穏やかな陽光に身をまかせます。さわさわと風が通り過ぎて……。その猫坂を登りきればやっと住み慣れはじめた蒼い屋根の家。
植木に囲まれた木戸をあけると、春先に産まれた子猫達がびっくりして塀の上をころころと転がっていきます。
思えばここで暮らし始めて一年とちょっとになりました。

……いつの間にか雨は小降りになっています。
薄暗い小路に佇む店々は濡れた路面にひっそりと灯りをおとし、紅いのれんの居酒屋にも灯がともります。赤城坂を登りきれば、雫にきらきらと弾かれた亀井堂の電飾。雨にけむる街はこれからあたたかく夜を迎えるのでしょう。
雨の神楽坂もわるくはありません。
暮れた空を見上げると雲は薄くなってきました。
明日は晴れるそうです。
(写真:韓国のアーティストによる演奏)