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今月の特集神楽坂での記憶と記録

シウォルサランバン−神楽坂のお客さん−

私の神楽坂

日置圭子(神楽坂まち飛びフェスタ実行委員長)

photo「神楽坂まち飛びフェスタ」の実行委員長をはじめ、神楽坂でまちづくりの活動を結構本気でやっているため、私のことを何十年もこの街に住んでいると思っている人も多いようですが、実は、私は在住たった8年半の新参者です。
私の出身地はヨコハマ。港のそばで生まれ育った生粋のハマっ子。歳をとったのか、正直、最近ヨコハマがじわじわ懐かしく、やはり私の嗜好とか思考は、港ヨコハマという土地が育てたんだなあとつくづく感じたりもする今日この頃です。
なのに!なぜ、それほど深い根拠もなく移り住んだ神楽坂がまるで故郷のようにこんなに好きなのか。いや、好きというより肌合いに合うのか。

神楽坂のどういうところが好きですか?と問われたときの私のオフィシャルコメントは「プライベートまでズケズケ入ってこないで放っておいてくれる。でも、どこかでお互いを気にしていて、困ったときとか何か必要なときは誰かがすぐ助けになってくれる。そういう“大人”のつきあい、下町と山の手のいいとこ取りの人間関係が作れるところ」です。
そして、神楽坂のどの場所が一番好きですか?と問われたときは、夕暮れ時の熱海湯通り(小栗横丁)と答えます。銭湯の匂いと、ここが江戸情緒を残す花街の路地であることを思い出させる小料理屋の灯り、昭和のままの八百屋、豆腐屋、床屋さん。数分もあれば通り過ぎる短い横丁に、“粋”と“気取りのなさ”、“品”と“庶民性”、“日常”と“非日常”がほどよく混じりあったこの絶妙の塩梅。そう、この横丁は、学生街の猥雑さと高級住宅街をたった数分で結ぶ、異質な空間の結節点でもあるのでした。

なんだかわかってきました、なぜ港町に育った私が、この神楽坂と肌が合うのか。
要するに異質な要素が混じり合いぶつかって、でも全体としてバランスよく1つの街の個性を作り出す。まさに、港湾労働者のドヤ街と洋館の並ぶ高級住宅街の山手の間を、抵抗感もなく日常行き来していたハマっ子は、この異質なものの均衡がたまらなく落ち着くし、また異質なものが混じり合ったときこそ本当に面白いものが生まれるということを原体験として体得しているのです。だから、神楽坂お決まりの“伝統とモダン”“江戸情緒とお洒落なフランス人”も私にとっては単なる枕詞ではありません。自分を体の奥から開放し、新しいものを生み出させる“力”として、私をこの街で、この街をさらに面白くするために動こうとさせるのでしょう。それが「私の神楽坂」です。
(写真:韓国の若いアーティストとスタッフ)