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今月の特集戦前、神楽坂にあった洋菓子店をもう一度…

神楽坂 紅谷の想い出

紅谷の思い出の品(1)

 

photo神楽坂紅谷パーラーの写真:建築写真類聚9期5輯1巻
島藤設計。外壁は灰色、内壁は漆喰の白ペンキで床は白と水色の市松模様のタイルが貼られた。家具はすべて鋼管製。テーブルは大理石でレースを敷いてガラスを載せてあった。作家・中村武志は、昭和46 年「神楽坂の今昔」に「高級喫茶の紅谷があった。水をもらうとレモンの輪切りが浮いていた。田舎者の私はすっかり感心した」と、大正末の想い出を語っている。(ここは牛込神楽坂17 号14ページ)

photo小川茂七
明治6年〜昭和20年3月没。山形県山形市小姓町生まれ。趣味旅行、謡曲。面倒見が良く、神楽坂肴町町会長、牛込菓子商組合長などを歴任。職人さんがたくさんいたので野球チーム「紅谷」を結成。草野球に参加していた。紅谷のピッチャーがとても強かったと郷土史研究家の水野さんが教えて下さった。

photo昭和10年の雑誌「栄養と料理」
紅谷のおすすめおやつの紹介。カスタードプリンは、カラメルソースではなく「ストロベリーシロップをかけて頂く」とある。