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今月の特集戦前、神楽坂にあった洋菓子店をもう一度…

神楽坂 紅谷の想い出

紅谷の思い出の品(2)

 

photo世界一周地球儀(大阪朝日新聞社蔵)
当時の商店主が読む新聞は、都新聞か萬朝報(ゴシップ紙)だったというが茂七さんは朝日新聞だったらしい。さすが、神楽坂の一流店舗の旦那さんは進んでいる。朝日新聞主催で、明治41年春から3ヶ月間、連日レセプションやオペラ、ルーズベルト大統領との会見やらで、見たい所も見られず買いたいものも買えず、公式行事に追われる日程で欧米をまわる旅行会に目玉が飛び出る様な金額を払って参加した。どこに行ってもメモを取りまくり、何でもかんでもバンザイを唱えた好奇心旺盛な紳士達の様子は「日本初の海外観光旅行 九六日間世界一周」(小林健著/春風社)に詳しい。この地球儀は、旅を終えた会員達が朝日新聞社に贈ったもの。大阪朝日新聞社の倉庫に忘れ去られていた地球儀が百年の時を経て初登場。

photo淡路町風月堂のカステラの箱
当時の神田は、東京一人出の多い町だった。万世橋の停車場にほど近い淡路町風月堂は明治16年創業。日露戦争で乾パンを納めた。大正5年、二代目と小川茂七の長女が結婚。婚礼行列の豪華さは語りぐさになったという。九段のゴンドラ菓子店初代はこの店で修行した。(日本洋菓子史:池田文痴庵)

photo初期麻布飯倉風月堂のカステラの箱(大正〜昭和)
明治22年創業。松井須磨子の義兄にあたる七澤康太郎が創業した名店。明治26年小川茂七が山形から上京し修行に入った店。須磨子は、明治35年春に長野県松代から上京し、ここから戸板裁縫学校に通い時には店番もした。初婚に破れた後も飯倉で暮らし、2度目の夫前沢誠助に嫁ぎ演劇に目覚めた。