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今月の特集好村兼一vs神田織音

「神楽坂の仇討ち」 を語る。

史実と脚色を組み合わせたエンタテイメント

 

好村 私がご子孫からお預かりした史料によると、戸賀崎熊太郎が富吉の心意気に感じ入って、陰になり助けてあげた話はちゃんと残されています。
織音 講談では、実はちょっとしたエピソードをつくっています。どこの道場へいっても、断られてしまう富吉が、町を歩いている中で、転んだお婆さんを助けてあげるのです。「気をつけて行きなよ」ってやさしく送り出す富吉を道場の者がこっそり見ていたという部分は、創作でして。ふと見たところにちょうど道場もあった(笑)
好村 そういう創作は、いいじゃないですか。

織音 いつもの通りに門前払いを受けるところが、そのエピソードがきっかけとなって話を聞いてもらう。「どうして剣術を習いたいのだ」と聞きだす所へつながるんです。
 講談は史実をもとに語るというのが、落語とちがうところでして。しかし、あくまで娯楽ですから脚色は許されるのでして、先ほどのお婆さんを助ける話などは脚色です。でも、百姓だけれども父の仇を討とうと苦労して剣術を学び、それを成し遂げたというところだけは、変えないようにしています。
 好村さんの『神楽坂の仇討ち』を読ませていただいて、一番驚いたのは、これだけ道場の人たちが仇討ちに手を貸してくださっているというのが興味深かったです。

好村 剣道界では、けっこうそういうことがあるでしょう。同じ釜の飯を食ったという仲間意識がありますから。
織音 読んでいてわくわくしますね。道場の仲間の誰もが口を割らず、助けにあたるというところ。
好村 それは史料にも残っているのです。煙草売りの行商になって仇討ちの相手の動向を探りに行く、福嶋銀蔵という者もちゃんと史料に残っています。