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今月の特集好村兼一vs神田織音

「神楽坂の仇討ち」 を語る。

剣道でフランスへ行ったいきさつ、講談の道に入ったきっかけ

 

織音 講談もいいですが、剣道の方が海外では人気があるのではないですか。フランスでは、剣道はいかがですか?
好村 盛んですよ。フランスの会員(剣道連盟の)は、いま九千人ぐらいかな。私が渡仏したばかりの四十年ぐらい前は、百人ぐらいですから。

織音 どういういきさつでフランスで剣道を教えることになったのですか?
好村 大学三年の時に、留学生でフランスで剣道を教えてくれる人間を派遣してほしいとフランスの団体から連盟に要請がありました。うちの師範がその前に連盟から派遣されてヨーロッパを回っていたので、そのつながりで「お前行くか?」って言われたのです。理由は、第二外国語でフランス語をとっていた、たったこれだけです。

私の剣道の腕なんか、当時ちょこちょこでしたから。ヨーロッパの剣道のレベルもこれからで、学生でも少しできれば、誰でも海外で指導者になれた時代でした。私がその話に飛びついたのは、今みたいに海外旅行や留学なんて簡単にできませんでしたから、私は海外へ出たいという気持ちが強かったので、これは渡りに舟と飛びついたのです。それで「一年行って来い!」と。それがいつの間にか、いろいろな事情があって四十一年も向こうにいることになってしまった。(笑)