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今月の特集好村兼一vs神田織音

「神楽坂の仇討ち」 を語る。

江戸の剣術の奥義と消えてしまったその型

好村 ところで神田さんはどうして講談をはじめられたのですか?
織音 血迷ったのです。(笑)最初は、役者を目指していました。十年ぐらいその世界に憧れてたずさわったのですが、なに者にもなれずにいました。そんな時に、私の師匠は女性なのですが、その師匠の芸を見て、女性でもやれそうな芸だなと。どうも一人芝居のようなものだと。いろいろな役を演じ分ける、これならいままで十年近く培ってきたことを活かすこともできると。タイミングがよかったのかもしれません。それからもう十二年になります。

好村 どこで剣道をはじめられたのですか?
織音 私はもともと警察剣道でして、小さい頃から警察署で習いました。
好村 どこの警察署ですか?
織音 巣鴨警察署です。
好村 あそこは近くに巣鴨高校もあって名門ですね。
織音 私が一番一生懸命やったのが、高校生の時です。女子部員がぎりぎり五人いまして、私は先鋒で、「負けてもいいから元気よくやって来い」って、あまり期待されていない方の部員でした。
好村 でも、身長はあるし、声も通るので、格好がよかったでしょう。私は声がこもる方なので。
織音 同じ釜の飯ではないですが、その時の仲間とはいまだに連絡をとりあっています。

好村 私も学生時代の仲間って、剣道部ばっかりです。一番気心が通じますよ。
織音 ところで幕末の三大流派という話がありましたが、北辰一刀流はまだ残っているのですか?
好村 残っています、他の流派も。明治の初めに警視庁が幕末までの流派をいろいろと研究して、それぞれの流派から十の形を残していて、その中に三大流派の形も残っています。鏡新明智流も入っていますが、それは見事な型ですね。今ならビデオで残せますが、当時はそうでもしないと残せない。その頃は、まだその価値がわかっていないので残念です。でもなくなってしまった流派の型も、数えられないほどありますよ。