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今月の特集未来の神楽坂へ、伝え残しておきたい

無形の文化財

「神楽坂をどり」第30回までの道のりは 決して平坦ではなかった

 

photo神楽坂をどりの会は、今年の4月で第30回の節目を迎えます。日頃研鑽を積んできた唄や踊りなど芸事の成果をお披露目する春が、またやって来ます。その30回までの道のりを辿り、継続のための地道な努力が認められて、地域文化財として認定されたのです。神楽坂をどりは、昭和30年代に五部会という会で五花街(神楽坂、荒木町、大木戸、平井、九段)が合同で始めた舞踊の会に参加したのがはじまりです。この五部会から独立して「牛込さつき会」として単独で初めて公演したのが昭和38年5月。これが神楽坂をどりのはじまりです。翌年には、東京オリンピックを控え、日本中が経済成長で活気づいていた時代です。

 

photo昭和41年の第3回目のからは「牛込さつき会」を「神楽坂をどり」と改名。年々規模も大きくなって、この時の明治座での公演では、地方さんだけで総勢55名が出演したという記録が残っています。しかし、後にオイルショックやバブル経済崩壊など、様々な社会的経済的変動に遭い、神楽坂をどりを継続していくには、決して平坦では道のりではありませんでした。