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今月の特集未来の神楽坂へ、伝え残しておきたい

無形の文化財

「神楽坂の東八拳」戦前は街中でもお座敷でも東八拳は盛んに打たれていた

 

photo神楽坂でも東八拳を知っている人は、そう多くはいないでしょう。まして東八拳を打てる人となると、ほんの一握りしかいないでしょう。ところが戦前には、東八拳を打てる人は神楽坂にもたくさんいて、花柳界でも街中でも盛んに行われていました。

 東八拳とは、二人が相対して、調子をとりながら両手でもって、キツネ、鉄砲、庄屋の型をつくって出します。キツネは庄屋に、庄屋は鉄砲に、鉄砲はキツネに勝つという三すくみの遊びで、ジャン拳のようなものです。ジャン拳とのちがいは、東八拳は三連勝しないと勝ちがみとめられません。この遊びの起源は古く、江戸時代には流行した遊びとして絵や文章でものこされています。一説によれば、太閤秀吉が、朝鮮出兵の際に、兵を慰めるために考案したとも言われています。

こうしてちょっと粋な遊びとしてお座敷や街中で広まった東八拳も、高度経済成長がはじまる昭和30年代頃になると、遊びや娯楽の内容の変化とともにすっかり衰退してしまいました。この衰退に危機をおぼえたのが、現在の三代目家元・東水舎東八こと、稗田君子さんでした。